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山形地方裁判所 昭和37年(レ)33号 判決

控訴人(原審原告) 山田せい

被控訴人(原審被告) 川合俊雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金四万七千五百円を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙第一目録記載の建物(以下、単に第一建物と称する)は、もと訴外佐藤潔の所有であり、同建物に控訴人を権利者とする債権額金二十九万五千円の抵当権が設定されていたところ、債務者である同訴外人が弁済期を徒過したため、控訴人の申立により抵当権の実行による競売に付せられた結果控訴人が之を競落し、昭和三十三年六月三十日控訴人は山形地方裁判所より競落許可決定を得てその所有権を取得した上、同年七月二十一日控訴人名義に所有権移転登記手続を経由した。

二、ところで右第一建物には、その本屋より約一間離れた場所に建坪一坪の便所が附設されていたが、昭和三十四年九月十四日頃突然訴外佐藤及び被控訴人の両名が、共謀の下に自己の所有であると称して之を他に移動させるに至つた。ところが、右便所は控訴人外七家族が共同で使用していたものであつたので、右両名の行為をそのまま放置する訳にいかず控訴人が一旦之を旧位置に戻したところ、同月二十六日今度は右両名に於て之を取毀した上他に持去つて了つた。

三、以上の次第で、被控訴人の前記行為は不法に控訴人の前記便所に対する所有権を侵害したものであるから、右便所と同程度の便所を新たに設置するに要する費用金四万七千五百円を、不法行為に因る損害賠償として請求するため本訴に及ぶ。尚、原審における原状回復の請求は之を撤回する。

と陳述し、右主張に反する被控訴人の主張事実を否認し、立証として≪省略≫

被控訴人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求の原因第一項は、第一建物の附属建物便所一坪に関する点を否認してその余を認める。同第二、三項は之を争う。

二、控訴人主張の便所一坪は、控訴人の所有ではなく被控訴人の所有に属する。即ち、

控訴人所有の第一建物(但し、附属便所を除く、以下事実摘示欄に関する限り同じ)と被控訴人所有の別紙第二目録記載の建物(以下、単に第二建物と称する)は、以前訴外佐藤潔が自己使用の目的で建築したものであつて、当初同訴外人は第一建物を第二建物の裏側(西方)に作業小屋として建設したが、後日その使用目的を変更し、昭和三十年春頃現在地に移動の上、之を居宅に改築して第三者に賃貸するに至つた。然し、第二建物に最初から便所が附設されていたので、同訴外人は右改築に当り特別第一建物に便所を設けることなく、既に設置されていた前記便所を賃借人等に共同使用させてきた。従つて、控訴人所有の第一建物には始めより便所が附置されていなかつたのである。然るに訴外佐藤は、昭和三十年八月二十九日第一建物の保存登記を経由するに際し、誤つて既に昭和二十四年十一月二十八日第二建物の本屋の附属建物として保存登記されている前記便所を、重ねて第一建物の附属建物として申請したため、同一の便所が第一、二建物の各本屋の双方に附属する旨の各保存登記が経由されて了つた次第である。その後昭和三十四年六月八日被控訴人は訴外佐藤より第二建物の所有権を譲受けたものであるが、以上の如く第二建物の附属便所につき二重の保存登記が行われた経緯は、同一の不動産について二つの登記用紙が開かれた場合に該当し、後になされた第一建物の附属便所の保存登記は無効であつて対抗力を生じないから、控訴人はその所有権を以つて被控訴人に主張し得ない理である。

三、よつて、右便所の所有権が控訴人に属することを前提とする本訴請求は失当と言う外はなく、棄却を免かれないものである。

と陳述し、立証として≪省略≫

理由

一、請求の原因第一項の内、第一建物の附属建物便所一坪に関する部分を除くその余の事実は、当事者間に争がない。

二、よつて案ずるに、成立に争なき乙第一号証の一、二≪中略≫を綜合すると、第二建物は、土建業を営む訴外佐藤潔が、昭和二十四年十一月二十八日より以前に事務所に使用する目的を以つて現在地に建築所有したもので、当初より第二建物本屋の西南方に建坪一坪の便所が附設されていたところ、同訴外人は昭和二十四年に至り訴外東光建設株式会社を設立して資金調達に迫られたため、昭和二十四年十一月二十八日第二建物全部につき保存登記を経由した上、之に訴外両羽銀行、同山形県信用保証協会を権利者とする抵当権を設定したが、昭和三十四年六月四日頃訴外銀行、同保証協会に対する被担保債務を弁済して抵当権設定登記の抹消を受け、同年同月八日第二建物全部を被控訴人に売渡し、同日付を以つて被控訴人名義に請求権保全の仮登記、昭和三十四年六月十五日付を以つてその本登記を夫々経由したこと、又、訴外佐藤は、第二建物を建築した数年後その北隣に東向の作業場一棟を建築所有したものであるところ、その後使用目的を変更し、昭和三十年頃之を北向に変えた上第一建物の本屋の如く居宅に改造して数世帯に賃貸するに至つたが、既に第二建物に便所が附設されていたので特別に第一建物の本屋に便所を設備することなく、既設便所を第二建物本屋の西北方即ち第一、二建物各本屋の中間の空地に移動して賃借人等に共同使用させて来たこと、而して、同訴外人は昭和三十年八月頃控訴人より金員を借用するに当り、第一建物の本屋を担保に供する必要上その保存登記手続を仲介業の訴外江口惣太郎に一任したものであるが、事情を知らない訴外江口は、第一、二建物各本屋の中間に存在する前記便所を第一建物本屋の附属建物と誤認し、昭和三十年八月二十九日第一建物本屋の保存登記を経由するに当り、既に昭和二十四年十一月二十八日第二建物本屋の附属建物として保存登記済みの前記便所を、重ねて第一建物の附属建物として申請手続を執つたため、同一の便所が第一、二建物各本屋の双方に付属する旨の各保存登記手続が経由されて了つたこと、従つて、第一、二建物各本屋の附属便所(以下、単に係争便所と称する)は事実上一個より存在しないこと及び控訴人の申立に係る競売手続は、第一建物全部について手続が進められ、その全部について控訴人が競落許可決定と所有権移転登記手続を得たものであるが、訴外佐藤は以上の如く係争便所につき二重の保存登記がなされた事実を、控訴人が競落許可決定を得た昭和三十三年六月三十日の以後に於て始めて知つたことが夫々認められる。成立に争なき甲第二、三号証、乙第三号証が何れも右認定を動かすに足りないこと後段に説示する通りであり、その他之を覆えすべき証拠は存在しない。

三、以上の如くであるとすると、係争便所は、競売手続により控訴人に売渡された上之を原因として昭和三十三年七月二十一日(但し、保存登記は昭和三十年八月二十九日)に所有権移転登記が、又、私法上の売買により被控訴人に売渡された上之を原因として昭和三十四年六月八日(但し、保存登記は昭和二十四年十一月二十八日)に所有権移転登記が夫々経由されているので、何れが真実の所有権者であるかは、一に何れの所有権取得登記が対抗要件として有効であるかと言うこと、換言すれば、その前段階たる昭和二十四年十一月二十八日の第二建物及び昭和三十年八月二十九日の第一建物の各保存登記の内、係争便所に関する部分の何れが有効な対抗要件であるかと言う争点によつて決せられると言わねばならない。

そこで先ず考えられることは、本件に被控訴人主張に係る二重の保存登記の理論が適用されるか否かと言うことである。即ち、同一不動産につき既に保存登記あるに拘らず更に第二の保存登記がなされた場合には、第二の保存登記は、我が登記法に所謂一不動産一登記用紙の原則に反し、登記すべからざる事項であつて、登記の形式的有効要件を具備しない無効のものである。然し、我が登記法に於ては、登記官吏は登記事項につき実体的権利関係を審査する権限なく、単に形式審査の権限を有するのみであるから、或る不動産の所有権保存登記の申請があつた場合、当該不動産につき既に保存登記が存するか否かは実質関係につき之をなし得べきでなく、全く形式的に、即ち登記簿上の関係からのみ之を定めねばならない。従つて、同一不動産につき既に第一の保存登記が有つても、第二の保存登記に於ける不動産の表示が、前者と著しく相違し、登記簿上の関係に於ては形式上同一不動産についての保存登記と認め得ない場合には、実質的に同一不動産についての第二の保存登記であつても、登記官吏は第二の保存登記の申請を却下し得ない。又このような第二の保存登記は、一不動産一登記用紙の原則に違背する無効のものと言い得ないものであり、かかる場合の第一、二の各保存登記の何れが有効であるかは、形式的要件とは全く無関係に、その何れが実質的関係を具備するかによつて定められるべきである。

之を本件について見るに、なる程、第一、二建物の各附属建物は、何れも「木造瓦葺平家建便所、建坪一坪」と表示されていて、係争便所の保存登記に関する限りは形式上全く同一であるが、然し、係争便所は右の表示によつても明らかなように、本屋と別棟であるけれ共之を本屋より切離し、別個独立の建物として取引の目的となし得る程度の附属物とは到底認め難いのであるから、単に附属建物のみの表示の一致を以つて、当該部分が所謂二重の保存登記に該当すると考えるのは適切でないと言うべきであろう。却つて、第一、二建物の各本屋は、その所在地の番号、家屋番号及び建物の構造、種類、坪数のすべてに於て相異るのであるから、登記官吏が之を登記簿上の関係から形式的に見た場合、容易に第一、二建物の各附属建物を同一物であると判定することが出来ないのが通常であろう。そうだとすると、第一、二建物の各保存登記の内係争便所につき、所謂二重の保存登記の理論を適用することは妥当でないと言わねばならない。

四、そこで、進んで登記の実質的要件の観点から考察を加えるに、登記は、既に有効に成立している物権の変動(権利を創設的に取得する場合も含む、以下同じ)を公示することを目的とするものであるから、登記が有効に成立するには、登記された物権の変動が実質上既に存在することを要する。之に反し、実質上物権の変動がないのに拘らず登記のみが行われてもその登記が何ら対抗力を生じないことは言うまでもない。ところで前認定の事実によれば、訴外佐藤は昭和二十四年十一月二十八日より以前に第二建物の本屋及び附属建物を建築所有し、昭和二十四年十一月二十八日にその全部につき保存登記を経由した上第三者のために抵当権を設定したのであり、同訴外人は又その数年後第二建物の北隣に第一建物を建築所有し、控訴人のため抵当権を設定する必要上、昭和三十年八月二十九日訴外江口に委任してその保存登記を経由したところ、訴外江口の錯誤に基き係争便所を重ねて第一建物本屋の附属建物として登記して了つたのであるから、第二建物の保存登記は既に成立している物権変動をそのまま公示している有効なものであるけれ共、第一建物の保存登記の内附属建物に関する部分は、実質上の物権変動なきに拘らず錯誤に基いてなされた無効の登記で、更正登記手続により抹消されるべきものと言う外はなく、従つて、第一建物全部についてその後に所有権を譲受け、その旨の登記手続を経由しても、係争便所に関する限りは対抗力を生じない訳である。

尤も、控訴人は、競売手続により係争便所の所有権を取得した形式になつているが、競売手続は、抵当権の実行のための競売であつて抵当権者の売却権に基くから、抵当権が実体的に存在しない限り競落人も競落不動産につき所有権を取得することが出来ないと解せられるので、前記の如き第一、二建物の各保存登記の先後と係争便所に関する部分の効力及び控訴人の抵当権が設定された日時等の事実関係より勘案した結果、実体的に控訴人の抵当権の範囲外と認めるに外なき係争便所につき、控訴人が創設的に所有権を取得する理由は存しないのである。

尚、前顕甲第二、三号証、乙第三号証によると、山形市は係争便所が控訴人の所有に属するとの認定の下に課税していることが認められるが、これは、控訴人の係争便所に対する所有権取得登記が、被控訴人の同物件に対する所有権取得登記に先行している点より、形式的に所有権の帰属を認定したものと推認されるので、当裁判所の前記認定を覆えすに足りないと言うべきである。

然らば、係争便所の所有権は、訴外佐藤より被控訴人に移転し、その旨の対抗要件が備えられたことが認められる。

五、果して以上の通りであるとすると、控訴人が係争便所の所有権を取得したと言うことが出来ないので、控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断を進める迄もなく失当として棄却を免かれないものであり、その理由に於て異るもその結論に於て同一である原判決は結局正当であることに帰するから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却することとする。よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 西口権四郎 裁判官 石垣光雄 加藤一隆)

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